メッセージ「教育はみんなで-教育的な文化」
更新日:2017年5月11日
松戸市こども祭り
教育長 伊藤 純一
桜の蘂(しべ)の賑やかさが消え、街は、緑がいよいよ我が物顔の季節です。
平成29年度も一ヶ月を過ぎ、やっと落ち着いた空気になってきました。私共、教育委員会は、本年度も、やはり、一体となって「教育的な文化づくり」を進めて参りたいと思っています。まだまだの段階ではございますが、私は教育的な文化づくりに拘る必要性があると考えております。他県の教育状況の情報を分析しますと、文化があって子育て、教育が成り立つのかなと思います。文化がいろんな面を下支えして、初めて子育てと教育というものが充実していくということを最近は確信しております。
加えて、現在の合理性あるいは利便性をとことん追い求めようとする文化といいますか、今の流れがあります。そしてAIですとかスマホですとかそういうIT文化の流れがあります。そういうものがどれだけ子供たちあるいは子育てや教育という部分にマイナスの影響を与えているかということを考えますと、文化というものを教育的な部分からしっかりと考えていく必要があると思います。
そういったことを併せますと、松戸市なりの教育的な文化、次世代のためのプラスの影響力を持てるような文化づくりということを市民のみなさんに発信していかなければいけないと考えています。
このような実情を踏まえて、私たちは昨年度、教育改革に舵をきりました。「改革」という言葉を出しますと、その反応として、教育の正常化ですとか教育再生ですとか、という言葉が出てきます。現在が間違えているのか、あるいは異常なのか、停滞しているのか、そういう疑念が生じかねない言葉が何の根拠も無しに、使われてくるわけです。そういう意味での「改革」という言葉の使われ方に私は疑問を持っています。
教育という二文字は、現在の実態分析がまずあって、それを踏まえて現在の課題を解決すべく策を講じる、そういう流れであると思います。一方で、未来への先見性をきちんと持って、従来の良いところ、必要なところを残した上での長期的な施策をどうすればいいかというように模索をしていく、そういう流れも必要になります。そういう場合にこれまでと価値観が少し変わる、あるいは視点や手法を変える、そういった動きがどうしても必要になります。そういうことをまとめて、あるいは部分的に「改革」と捉えるべきと思います。
そうなりますと、教育という現場は常に「改革」なのか、そう考えてもおかしくないくらいですが、そのベースにある「ベクトルの基本的な方向性」、それはずっと同じだと私は思っています。以前の松戸版の改革の時も、現在も向かうところは一緒です。最終的には市民のみなさんの自立が目標ですので、そこに向かって、どういう社会教育、学校教育を構成していけばいいのか、そういうところでは変わっていないと認識しております。
例えば、一つの例として、今、重要なものに「図書館づくり」が挙げられます。
先日、新松戸の分館のリニューアルに出かけてきました。子供たちのための新しいスペースは新松戸の人たち、あるいは市民への一つのメッセージとなります。
図書館については、松戸市図書館整備計画実現に向け、さらに進めていきます。
図書館本館の施設整備より時間的には前になると思いますが、東松戸には地域館としての図書館計画が進んでいます。特に、東松戸のスペースは、多様な皆様がご利用されることを前提としての動きのある図書館をイメージして進めたいと考えております。
さらには、松戸市内に現状では不足している青少年の居場所としても一役を担い、様々な世代の皆様が交流することで地域の教育的な文化を育む場所となることができれば、と考えています。要するに、新しい図書館のイメージをどんどん構築していきたいと考えております。
一方で、学校図書館にも司書の拡充を積極的に進めていますが、これらも含めて図書館施策をもっとアピール、あるいは発信をして、市民の皆様に松戸市での図書館のあり方、図書館が教育的文化の拠点になっていくのだという姿勢をどんどん広めていきたいというふうに思います。
そういう動きが市民の皆様に、例えば、「教育的な文化とは何か?」「松戸市教育委員会がどうしてそのような動きをしているのか?」というような関心を持っていただければ、そういう動きがやがて、今課題になっております家庭の教育や幼児教育のあり方にも良い影響を与えることができるようになると思います。
さて、3回目のテーマは、「教育はみんなで-ことばの教育」の予定です。
新松戸図書館分館
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生涯学習部
学校教育部
