平成15年度から平成17年度まで
更新日:2013年11月25日
平成18年2月4日から4月9日まで
【企画展】徳川慶喜・東京写真紀行
最後の将軍として時代の幕を降ろした徳川慶喜。公職から離れた後半生で、ありあまる時間を費やして熱中したのが写真撮影でした。明治末期には、生活の一部とさえなります。晩年の慶喜が眺めた東京各所の姿を紹介します。
左の写真は、明治40年(1907年)に上野公園で開催された東京勧業博覧会第1会場の様子を徳川慶喜が撮った写真です。
中央の巨大な建物は、仮設の広告塔です。
平成17年10月8日から1月9日まで
【通常展】徳川昭武が歩んだ幕末・明治
徳川昭武と兄慶喜についての多種多様な資料を、1867年パリ万博、戸定邸で使われていた美術工芸品、共通の趣味であった写真作品などのコーナーに分けて展示します。
展示する主な美術品
薩摩切子
金時計
平成17年7月23日から9月25日まで
【夏期展】徳川昭武の写した 100年前のまつど
およそ百年前、現在の松戸市内外を撮影して歩いた人がいました。戸定邸のあるじ、徳川昭武です。現在からは想像もつかない風景や生活を、小中学生にも理解しやすいように展示します。
江戸川を運行した通運丸
常磐線を走っていた蒸気機関車
野良着姿の少女
平成17年4月16日から7月3日まで
【通常展】徳川昭武の歩んだ幕末・明治
徳川昭武と兄慶喜についての多種多様な資料を、1867年パリ万博、戸定邸で使われていた美術工芸品、共通の趣味であった写真作品などのコーナーに分けて展示した。
徳川昭武と息子の武定(2歳) 撮影者:江崎 礼二
平成17年1月29日から4月3日まで
【企画展】明治の写真投稿誌『はなのかげ』
『はなのかげ』は、明治30年代から40年代にかけて刊行された写真投稿誌です。徳川昭武や徳川慶喜など華族(旧大名、公家など)の人々が作品をよせていました。初期アマチュアカメラマンの活動を伝える掲載作を複写により展示し、写真の表現と普及に果たした彼らの役割を考えます。
はなのかげ(華影)の表紙
徳川昭武が華影に投稿した写真
【作品名 小合沼釣魚】
平成16年10月9日から平成17年1月10日まで
【通常展】「徳川昭武が歩んだ幕末・明治 」
徳川昭武と兄慶喜についての多種多様な資料を、1867年パリ万博、戸定邸で使われていた美術工芸品、共通の趣味であった写真作品などのコーナーに分けて展示します。
なお、会期中に展示品の入れ替えを行います。
平成16年7月17日から9月26日まで
【夏期展】徳川昭武の写した 100年前のまつど
およそ百年前、現在の松戸市内外を撮影して歩いた人がいました。戸定邸のあるじ、徳川昭武です。現在からは想像もつかない風景や生活を、小中学生にも理解しやすいように展示します。
あぜ道で遊ぶ子供たち
松戸宿の風景
江戸川の帆掛け舟
平成16年4月17日から7月4日まで
【通常展】「徳川昭武が歩んだ幕末・明治 」
徳川昭武と兄慶喜についての多種多様な資料を、1867年パリ万博、戸定邸で使われていた美術工芸品、共通の趣味であった写真作品などのコーナーに分けて展示します。
平成15年12月20日から平成16年4月4日まで
【企画展】1867年パリ万国博覧会と徳川使節団
1867年、パリで万国博覧会が開催されました。フランス皇帝ナポレオン3世の呼びかけに応じた20余国のパビリオンが建設されました。フランスとの親交を深めていた幕府は、将軍徳川慶喜の弟昭武を名代として派遣、初めて公式参加をしました。
戸定歴史館は、これまでパリ万博関係資料の収集を行ってきました。また、平成15年3月には松戸徳川家所蔵資料を一括して取得しました。今回は、これら貴重な資料と万博会場の写真・絵画などを展示した。
主な展示品
- 陣羽織、陣笠、袴(徳川昭武所用)、徳川昭武肖像入り懐中時計、徳川昭武一行他肖像写真アルバム、パリ万博会場写真、パリ万博日本出品物の写真など
平成15年10月4日から11月30日まで
【通常展】松戸徳川家の調度
松戸徳川家に伝来した日本画・油絵、蒔絵・堆朱などの漆工品、焼き物、日用品などを展示します。なかでも薩摩切子の洋酒瓶は、精緻なカットが施されたガラス器で、江戸末期の薩摩藩直営工場で、ごく少数しか作られなかった名品です。この機会にぜひご鑑賞ください。
平成15年7月19日から9月21日まで
【夏期展】徳川昭武のみた"百年前のまつど"
およそ百年前、いまの松戸市内外を撮影して歩いた人がいました。戸定邸のあるじ、徳川昭武です。現在からは想像もつかない風景や生活をご覧ください。
平成15年5月24日から7月6日まで
【通常展】徳川写真館 part5徳川昭武と旅
膨大な数の松戸徳川家伝来写真を順次公開している「徳川写真館」。多彩な写真をご鑑賞ください。
