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松戸市 MATSUDO CITY
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小金地域の歴史

更新日:2017年8月16日

小金地域の地図

金龍山廣徳寺

 寛正三年(1462年) 高城胤(たね)忠(ただ)の開基ではないかと伝えられている曹洞宗の寺院です。本尊は釈迦如来で、初めは、栗ヶ沢にありましたが天文六年(1537年)に高城氏の小金大谷口城の完成に伴って中金杉に移されました。
境内の墓地には、高城氏一族の墓や、高城氏の重臣田嶋刑部少輔時定(ぎょうぶしょうゆうときさだ)の墓があります。

旧本土寺参道

 徳川家康の側室で武田信吉の母、於都摩(おつま)はもともと体が弱く、天正十九年(1591年)24才で病死しました。そして、本土寺参道脇に小さな石碑の墓所がつくられ、「日(にち)上之(じょうの)松(まつ)」を植えて葬られました。

その後、寛永十年(1633年)から松戸は水戸家の御鷹場預かり所となり、光圀が「日上之松」を見つけて於都摩の葬られている場所であることを知ります。そして、松の根本を家臣20人と掘り返して遺骨の捜索をしましたが発見できませんでした。そのため、光圀は松のふもとの土を桶に入れ、立派な墓石を本土寺本堂東側に建立し埋葬しました。また、参道両側に、松・杉を寄進しました。

長谷山(ちょうこくさん)本土寺

 長谷山本土寺は、建治三年(1277年)源氏の名門平賀忠晴の屋敷内に、日蓮六老僧の一人の日朗を導師として招き、開山した日蓮宗の寺院です。池上の長栄山本門寺、鎌倉の長興山妙本寺と共に日朗一門の三長三本と呼ばれています。
中世から近世初頭にかけての寺域内には、輪像院・仏寺院・実相院・宝積院の四院がありましたが、現在は、仏寺院のみとなっています。
また、明治政府の布告した神仏分離令政策が廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)と解釈されて全国的に寺院破壊の暴挙が行われ、本堂も100円で売却されました。
梵鐘(ぼんしょう)は、鎌倉時代の建治四年(1278年)の銘があり、大福寺(佐倉市)のものが移されたといわれており、県下では、二番目に古く国の重要文化財に指定されています。また、本土寺過去帳は、室町時代初頭から江戸時代初頭までに発生した事件が併記されており、松戸市域の中世史を知る重要な資料です。


本堂の周辺には、秋山夫人(於都摩)・秋山虎康とその一族の墓があります。
近年では、境内が整備され、「あじさい寺」として観光名所となり、初夏の菖蒲と紫陽花、秋の紅葉時は多くの観光客が訪れ大変賑わいます。

小金城跡

 享禄三年(1530年)に小金城主の高城胤(たね)吉(よし)が築城を開始し、天文六年(1537年)に完成し、戦国時代末期まで高城氏の本城として機能しました。城北の鬼門には、根木内城の護持(ごじ)祈祷所(きとうしょ)大勝院を移し、菩提所の広徳寺を中金杉に移転させました。
天正十八年(1590年)豊臣秀吉の小田原征伐の際に秀吉軍の浅野長政に城をかこまれましたが、小田原城にいた高城胤則の命令で戦わずして開城したと伝えられています。その後、秀吉の命で国替えとなった徳川家康は、江戸に近いところに城を置かせぬという方針で、文禄元年(1592年)に廃城としました。
現在は、その一部が歴史公園として残され、空堀、土塁、畝堀(うねぼり)などの遺構が残されています。

熊耳山(ゆうじさん)慶林寺

 曹洞宗の寺院で、本尊は大福薬師瑠璃光如来の座像です。
戦国時代の永禄八年(1565年)高城胤吉が没すると、その妻[千葉昌(まさ)胤(たね)の妹]は出家して月(げつ)庵(あん)桂(けい)林(りん)尼(に)と号し、小金城東側の達磨堂の南に庵を建立しました。その後、桂林尼は、翌年大往生を遂げました。
その子胤(たね)辰(とき)が母の冥福を祈って桂林寺を建立しました。なお、境内の墓石は、江戸時代に高城清胤(きよたね)が造立したものです。
天正十九年(1591年)には、徳川家康から朱印地十石を寄進され、北条方であった高城氏ゆかりの寺から脱皮して慶林寺と号するようになりました。


 また、境内には、小金牧の野馬奉行の綿貫氏の墓と綿貫氏の先祖の月見里(やまなし)家の墓もあります。
初代である綿貫十右衛門政家の父は、月見里政胤といい千葉昌胤の三男で、現在の四街道にあった山梨城の城主でした。政家が綿貫十右衛門政家を名乗るようになったのは、家康から野馬奉行を命ぜられてからで、家康に目通りを許された四月は袷(あわせ)を着る時期であったにもかかわらず、政家は綿入の衣装の綿を抜いた服を着ていたそうです。それに気が付いた家康は、笑いながら今後は綿貫を名乗るようにと仰せられたそうです。

仏法山一乗院東漸寺

 浄土宗の寺院で、本尊は阿弥陀如来です。創建は、室町時代後期の文明十三年(1481年)で、武蔵国江戸の三緑山増上寺三世・音誉聖観の門弟・経譽(けいよ)愚底(ぐてい)運(うん)公(こう)上人(しょうにん)により、当初、根木内に開かれました。戦国時代に高城氏とのつながりを深め、天文六年(1537年)の小金城の完成に伴い、小金に移されました。寺域は広大で、小金城の出(で)城(しろ)としての機能も持っていました。
高城胤吉の三男胤知は、出家して東漸寺に入り第七世照(しょう)誉(よ)了学(りょうがく)上人(しょうにん)を名乗りました。
慶長七年(1602年)には、生(おゆ)実(み)大厳寺(だいがんじ)(千葉市)の源誉上人によって関東十八檀林が定められ、東漸寺はその一つとなりました。
高城胤吉の息子の東漸寺の七世了学上人は、元和元年(1615年)に十八檀(だん)林(りん)筆頭・本山となった徳川氏の菩提所である大本山増上寺の第十七世住職となり、二代将軍秀(ひで)忠(ただ)に仕え、秀忠の葬儀の大導師(だいどうし)を務めました。
境内のしだれ桜は、昭和57年に市の保護樹木に指定されています。


遠矢山普門寺大勝院

 新義真言宗豊山派の寺院で、本尊は十一面観世音(かんぜおん)です。文明12年(1480年)の開基と伝えられていますが、昭和56年の火災で本堂を焼失し、昭和58年に再建されました。寺は根木内にありましたが、高城氏の小金城築城の時に鬼門の北部郭内に移され、高城氏の祈願所として発展しました。

根木内城跡

 室町時代後期の寛正三年(1462年)高城胤(たね)忠(ただ)の築城、あるいは、大永五年(1525年)の高城胤吉の築城ではないかといわれています。空堀・土塁・やぐら台跡などの遺構が今も残されています。


金龍山一月寺

 かつての小金町には、建長六年(1254年)、金先(きんせん)禅師(ぜんじ)によって開かれたと言われている虚無僧(こむそう)寺院「金龍山一月寺」がありました。
江戸時代には、徳川幕府の保護のもとに発展し、青梅の鈴法寺(れいほうじ)とともに普化宗(ふけしゅう)総本山として知られていました。虚無僧寺は檀家をもたず、葬式を行うこともありませんでした。寺には尺八を吹いて托鉢(たくはつ)修行する虚無僧だけが出入りしました。
しかし、明治4年(1871年)の太政官布告によって普化宗は廃止され、一月寺も廃寺となりました。現在は、日蓮正宗の一月寺があります。

玉屋(小金宿の旅籠)

旧水戸街道沿いには、江戸時代末期に建てられた小金宿の旅籠「玉屋」が現存し、江戸時代の情緒を醸し出しています。

八坂神社

 八坂神社は、京都市東山区祇園町にある八坂神社(祇園社)を総本社とします。現在の祭神は、素戔嗚(すさのおの)尊(みこと)ですが、神仏分離以前は、「牛頭(ごず)天王社(てんのうしゃ)」と称し、小金城の高城氏に信仰され、小金町の鎮守とされていました。
 北小金の再開発事業により現在の地に移されましたが、当時鎮座していた場所には碑が建てられています。

福昌寺幸谷観音堂

 福昌寺は、戦国時代末期の天正五年(1577年)の創建で、本尊は十一面観世音像です。
 福昌寺の観音堂には、明治15年(1882年)旧野馬奉行綿貫氏と牧士たちが奉納した絵馬「野馬捕りの献額」があります。「野馬取り」の様子を今に伝える貴重な資料で市有形文化財に指定されています。

龍鷹山光明寺

 延宝四年(1676年)に創建された真言宗豊山派の寺院で、蘇羽鷹(そばたか)神社の別当寺でした。本尊は不動明王ですが、室町時代の応永二十三年(1416年)に鋳造された青銅製の阿弥陀如来立像を所蔵しており市有形文化財に指定されています。
また、境内のイチョウは、市保護樹木に指定されています。

蘇羽鷹神社

 蘇羽鷹大明神は、千葉氏一族の守護神で、鎌倉(かまくら)大草紙(おおぞうし)には、「千葉頼胤が小金に在った頃、萬満寺の前身大日寺を馬橋に開基した。」とあることから、この地に千葉頼胤の居館(きょかん)があったのではないかと推測されています。
 境内の鳥居をくぐると左側に庚申堂(こうしんどう)があり、中には延享(えんきょう)元年(1744年)の青面金剛像があります。大抵の場合は、踏み付けられている邪鬼(じゃき)はうつぶせですが、ここのものはあおむけになっています。

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