古澤秀彌氏旧蔵資料受贈記念 企画展
德川慶喜家 最後の家令
古澤秀彌氏は明治13年に生まれ、同28年、德川慶喜が当時住んでいた静岡・西草深邸で家丁見習として働き始めました。当初は、德川宗家の職員として雇われ、慶喜が住む屋敷に配属されていたことになりますが、明治35年に慶喜が宗家から分家を許され、公爵を授けられて德川慶喜家が成立した後は同家の職員として初代慶喜、2代慶久、3代慶光に仕え、昭和22年、現行憲法の施行により華族制度が廃止されるまで公爵家の家政を担当しました。この間、彼は異例とも言える出世を遂げ、大正5年に2代慶久の特別の抜擢により「家扶補」となり、3代慶光の時に「家令心得」にまで上りつめました。当時、家令は不在でしたので、同家の最高の役職についたことになります。幼少時から慶喜邸に住み、半世紀を超える間、德川家のために尽くした彼に、歴代当主から、德川家伝来の貴重な品々が渡されました。
今展は、古澤秀彌氏旧蔵資料を子息秀信氏から寄贈を受けたことを記念して開催しました。歴代当主と心を一つにして家政運営を支える存在でありながらも、これまでほとんど紹介されることがなかった家令の役割を氏の足跡を辿りながら考えてみました。
【古澤秀彌氏】 【德川慶喜】 【紅白花卉図德川慶喜画】
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会期
- 平成22年10月9日(土)から12月26日(日)まで








