1867年パリ万国博覧会徳川昭武の幕末滞欧日記
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昭武が1867年パリ万博に参加の時、パリで撮影された写真です。当時の昭武の身長を推定値に基づき等身大写真パネルで展示しています。 |
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昭武自筆のフランス語日記2冊。この他に、会場では昭武自筆の和文日記2冊や日本に居る慶喜からパリの昭武へあてて書かれた書簡など、パリ万博関係文書も展示されている。 |
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手前がパリ万博に赴くときに昭武が着用していた袴。奥は同じく陣笠。三葉葵紋が金蒔絵で表されています。 |
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時の将軍・慶喜の実弟である昭武は、将軍の代理としてヨーロッパ各国の元首と華やかな宮廷外交を繰り広げました。写真手前からフランス皇帝ナポレオン3世、オランダ国王ウィレム3世、ベルギー国王レオポルド2世。 |
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昭武はヨーロッパ各国を巡歴した。この騎兵用の甲冑には、ヘルメットの部分に三葉葵紋が表現されている。幕末の東西国際交流の様相を物語る資料である。 |
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国賓としての礼遇を受ける身分の昭武の渡欧により、幕府は勲章制度の不備が外交上の大きな障害になるという問題に直面した。勲章は相互交換が原則であり、勲章制度のない幕府は、国際外交の輪の中にとけ込むことが出来なかったのである。幕府は、大急ぎで勲章制度の整備に取り組んだ。 しかし、明治維新によりこの勲章は完成することはなかったのである。この「幻の徳川葵勲章」は、当時の資料をもとにして、幕府が作ろうとしてた勲章を製作したものである。三葉葵紋に龍がからむ伝統的なモチーフによる勲章は、幕末の国際交流を物語っている。 |
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