徳川慶喜と写真
本展では、幕末の慶喜の肖像写真、慶喜が撮影を命じた将軍の城・二条城の内部の写真、明治になり慶喜自らが撮影した写真合計約60点により、最後の将軍の視線に迫ります。
8月11日からは茨城県立歴史館の特別出品による、新発見の幕末の慶喜の肖像写真など11点、つい先ほど発見された慶喜筆の油絵が展示されます(写真のみ作品保護のため、9月8日から一部展示替えを行います)。
| 会期: | 平成10年9月27日(日)まで |
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| 会場: | 松戸市戸定歴史館 展示室 |
| 入館料: | 一般60(50)円、高・大学生40(30)円、小・中学生20(15)円 |
| *( )内は20名以上の団体 | |
| 休館日: | 月曜日(祝日の場合は翌日) |
展示室の様子
会場入り口。
左は、将軍時代の慶喜の肖像。右は、大政奉還の舞台となった二条城大広間の写真。 260年余りも続いた江戸幕府に慶喜はここで大きな区切りをつけた。写真には謎の板塀が写し取られているが、幕末の緊迫した雰囲気が感じられる。
左は、慶喜の弟昭武の肖像。右は、1867年パリ万博の会場風景。中央に、中国風の建物の日本パビリオンが見える。 兄が京都で衰退する幕府を支えているまさにその時、昭武は将軍の名代としてパリ万博へ派遣されていた。国際外交の最前線で幕府の威信を示し、幕府の再生を目指した。
各時期の慶喜の肖像。右は、将軍時代。中央は、明治20年代の狩猟姿。左端は、還暦を迎えた晩年の肖像。
明治26年から慶喜は自らカメラを手に、精力的に各地を撮影した。写される側からアマチュアカメラマンへと変貌を遂げたのである。 手前の写真は、慶喜の屋敷近くの農村風景。奥は、静岡市内の浅間神社前の様子。白黒写真に絵の具で着色が施されている。
展示写真の一部をご紹介します
馬上の徳川慶喜(鶏卵紙に着色、15.0×19.7cm
ナポレオン三世から贈られた軍服を着て、在来馬にまたがる慶喜の肖像。これまで知られていた西洋馬にまたがる姿とはことなる新出の画像です。白黒写真の上には着色が施されていますが、洗練されているとは言えないその様子は、黎明期の写真の様相を物語っています。(初公開・新出の画像)
刀を持つ徳川慶喜(鶏卵紙、24.8×19.2cm)
幕末の軍装は、西洋の服装の影響を受け、戎服と呼ばれる和洋折衷のような独特の形態へと変化していました。戎服に身を包み、刀を手前に置く彼のポーズは志士たちの写真によく見られるものですが、大名、しかも将軍家の家族である高い格式を誇る一橋家の当主自身がこの様なポーズをとることには驚かされます。(初公開・新出の画像)
いすの脇に立つ徳川慶喜(鶏卵紙、24.5×20.0cm)
当時大変高価であった輸入品と思われるいすの脇にだぶだぶの洋服を着て立つ慶喜の肖像。頭には帽子、手には懐中時計を持つ彼は、さながら輸入品のモデルの様です。手慣れていない演出の様子は、ある種のこっけいささえ漂わせていますが、写真からは、未だ見たことのない西洋の品々に対する並々ならぬ慶喜の好奇心が窺えます。(初公開・新出の画像)
橋のある風景(慶喜筆油絵)
明治3年以前に描かれたと推定される慶喜直筆の油絵。近代洋画史の上からも早い時期に属する作品。この絵の指導をした人物は、幕末に慶喜の写真を撮影した中島鍬次郎と考えられます。絵画と写真が相互に影響し合い、未分化であった状況を物語る作品です。
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